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    言葉つきは叮重だつたし、云つたことも何ら不自然ではなかつた。だが、その挑いどむやうな強い眼の色と全身に滲み出た一種圧迫的な怒気とはその表面の叮重さを明かに裏切つていた。効果は覿面てきめんだつた。

    練吉若夫婦は診察所の二階を居部屋にしていた。そこと正文夫婦の住む母家おもやとの間には一見して判る気風の相違が現れていた。正雄はそこへ近づかないやうに云ひふくめられていた。

    と、彼は思ひ出したやうに房一の顔をのぞきこんだ。それは、いつか道平を診察しての帰り路で、「あれだね、君は見かけによらない親思ひなんだね!」と叫んだ時とそつくりな感嘆をまじへた親しさといつた色が閃いていた。

    高等科がすむと、彼は突然、法律を勉強しに東京へ出たいと申出て、父を驚かせた。家中の者の反対にもかゝはらず彼は頑として自分の希望を捨てなかつた。するうち、彼の姿が突然見えなくなつた。二三日して、彼は又帰つて来たので一同は安心したが、その間に彼は上流の城下町にある彼の死母の実家へ行つたのであつた。そこの伯父はその町で瓦焼工場を経営していた。頭の鋭い狷介けんかいな老人で、非常な毒舌家であつた。しかしこの老人は毒舌を一種の愛嬌と他人からは思はれるやうな独特な人柄を持つていて、悪口を言ひながら世話を見てくれる、と人から評判されていた。房一もやはりこの老人に手ひどく罵倒された。百姓はやはり百姓をしろ、と云はれて、房一はすつかり悄気しよげて、その晩はそこで泊めて貰つたが、翌朝になると、一通の手紙を示して、これを持つて町の弁護士の所へ行つてみろ、と云つた。弁護士は手紙を読んで、親切に色々なことを話してくれた。彼もやはり苦学して弁護士の資格をとつた男であつた。その晩、伯父は、苦しくもやる気か、と訊いて、それから外そつぽを向いて、やる気なら餞別に少しばかりの金なら出してやるがその前にもう一度家から承諾を得て来い、と云つた。

    「神尾司令官閣下と同列なんだよ。宇品から東京駅着。それから直ちに参内上奏されたんだよ。どうも、すばらしいね。目に見えるやうだね」

    「ごめん下さい」

    それは房一がこれまでに漠然と想像していた練吉とはかなりにちがふものだつた。以前見かけた練吉の学生服姿、その良家の子弟らしいつんとした近づき難さは、どこかにのこつていたが、或る柔い、善良さが今の練吉からは感じられた。

    「何でも大分前からこゝの御隠居にかけ合つていたさうぢやありませんか」

    徳次は口のあたりをもごもごさせた。

    房一はこれまでにも河原町に帰つて一医者としての生涯を始めようと考へないでもなかつたが、老父の道平をはじめ伯父や身内の者すべてがさう希望していると知つたときに、唯々いゝとしてその云ふところにしたがふ気になつた。

    「をかしいから笑つたのだ」

    その時、道平がのつこりと診察室に上つて来た。やはり尻はしよりの下から真黒い両脚を円出まるだしにしたまゝで。房一が考へこんでいるのを見ると邪魔をしてはいけないとでも思つたらしく、そのまゝゆつくり診察室の中を見まはして、何か口のあたりをもぐもぐさせた。それから、医療器具棚に近づくと、そのうるんだはつきりした眼で熱心に中をのぞきこんだ。そして又、口のあたりをもぐもぐさせた。それはこんな風に云つているやうであつた。

    しばらく行くと、ちやうど河原町の中ほどにあたる所で家並みがかなり長い間途切れていた。まはりは田圃たんぼだけの、そこで今までまつすぐに来た道路は斜めに屈折して、二つの直線をなす上の町と下の町との喰ひちがひをつないでいた。上の町のとつつきはやはりはつきり曲つているので、その端にある雑貨店の前面が殆ど突きあたりに見えた。それは横手の壁が白く快げに厚く塗られて、その上に青黒い漆喰しつくひで屋号を浮き出させた、かなり大きな裕福さうな家だつた。房一がその方に向つて歩きながら何気なく見ると、一人の男がその家の前に立つているのが目に入つた。たつた今何となく家の中から出て来たらしくいかにも用がなげにあたりを見まはしていたその男は、近づいて来る房一の姿に気づくと大袈裟に手を額にかざして日をよけながらぢろぢろと眺めはじめた。それはまるで、この道路が彼の私有物で、そこを案内もなしに闖入ちんにふして来る見ず知らずの男を咎めにかゝつてでもいるかのやうであつた。

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